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翻訳

「ホビット 竜に奪われた王国」見ました!

「ホビット 竜に奪われた王国」見てきました。
 
ホビット

いや〜、最高です!
『ロード・オブ・ザ・リング』と併せて、死ぬ間際に「ああ、俺の人生で結局一番面白い映画は『ロード・オブ・ザ・リング』と『ホビット』だったな…」と言い残しそうなほど面白かったです(他の候補は『プロジェクトA』か『サボテン・ブラザーズ』か『ベストキッド』)。
 
特に樽での川下りの場面はワクワクが止まらず、20分くらいこのシークエンスを続けてほしいと切に願ってしまいました。
『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』のトロッコチェイスにもひけを取らない映画史上に残る傑作シーンだったと思います。
 
樽

このシーンは、ドワーフたちの奮闘もいいのですが、レゴラスとタウリエル(『LOST』のケイトです!)の弓矢を使った戦闘がとにかくカッコいい!
川岸の岩場を軽快に疾走しながら、跳び上がって空中で弓を引き、ビュッ!
近距離でも矢を放ち、懐まで入ると短剣を振り回す。
あまりにカッコよすぎたでの、その夜「FF14」で早速、弓術士を始めました。

FF14
 
私は昔から『ロード・オブ・ザ・リング』的な西洋の中世ファンタジーの世界観が大好きです。その原体験となったのが、この『火吹山の魔法使い』です。

火吹山
 
アドベンチャーゲームブックと書いてありますが、普通の小説ではなく、最初の1ページを読むと、右の道を進む→P42へ”“左の道を進む→P78へといった具合の選択肢を選びながら、ゴブリンやオークを倒し、強力な武器を見つけ、最後にたどりついた悪い魔法使いを倒すというものです。
 
敵と戦うことになると、敵の攻撃力と体力が数値化されていて、サイコロを振って出た目をそれに加え、自分のキャラクターの数値と比較して、勝敗を決めます。
当然、一人でやるので敵の分も自分でサイコロを振ります。
「よし、まずは敵の攻撃。ん?4か… 次は俺の攻撃。げっ!2だ。やられた〜 また最初からだ」とバカ正直に一人で遊ぶわけです。今、考えると公明正大にゲームブックを進めていた幼き自分の姿が微笑ましく思い出されます。
 
懐かしいな〜と思いながら検索してみると、私は10冊以上このアドベンチャーゲームブックをやっていたようです。西洋の中世ファンタジー的な世界観だけでなく、SFの「宇宙の暗殺者」とか、ギリシャ神話を題材にした『ミノス王の宮廷』とか。
 
宇宙の暗殺者

ミノス王
 
書いてるうちに思い出したのですが、小学校6年生の時にお楽しみ会で、このアドベンチャーゲームブックの台本を自分で書いて、クラスの友達に選択させながら、同じグループの子たちが戦闘シーンなどを小芝居で再現するという出し物をやりました。しかし、自分が頭の中で描いていたような盛り上がりはなく、グダグダになりドン引きされた記憶がよみがえってきました…
 
ところで、私は仕事のほとんどがDVDやテレビ放送用の番組なので、字幕のフォントはゴシック系が見慣れています。なので、時々映画館であの独特のフォントで字幕を見ると、ちょっと新鮮な気持ちになるんですね。で、あのフォントが何とも『ホビット』の世界のフォント(↓こんなやつ)に合ってて、味わいがあります。

ホビットフォント
 
DVDになると字幕はゴシック系になるのでしょうが、あの映画館のフォントに切り替えられるなんて機能があったら面白いのにと思ってしまいました。
 
英語のフォントってものすごい数がありますよね(日本語は漢字も含めると何千文字にもなるので、気軽に新しいフォントを作れないという事情はありますが)。このへんの飾り文字が発展した背景については、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』を読むとよく分かります。『薔薇の名前』は西洋文化を理解するのに知っておいたほうがいい文化的背景が随所に散りばめられていて、なおかつ小説としても抜群に面白いので、未読の方がいましたら、ぜひお読みください。強く強くお勧めします(ショーン・コネリー主演の映画版も面白いですよ)。

薔薇の名前
 
  • 2014.03.13 Thursday
  • 10:09

翻訳

私の本棚(3)

今日ご紹介するのは、フロスト警部シリーズの最新刊「冬のフロスト」です。
 
フロスト
「クリスマスのフロスト」「フロスト日和」「夜のフロスト」「フロスト気質」と来て、日本に紹介されるのは5冊目です(尚、作者のR・D・ウィングフィールド氏は2007年に亡くなっているので、残された邦訳未刊のものは「A Killing Frost」を残すのみです)。
昨年の夏には出ていたようですが、見逃していました。
 
先月、久しぶりに紀伊の国屋書店で2時間ほどブラついてる時に見つけたんですよ。夏から秋にかけて、車の練習に夢中で書店に足を踏み入れていませんでしたが、やはり本との出会いがないといけないですね。Amazonのあなたにオススメには、「お前に俺の何が分かる!」と反発しながら、きちんと書店に足を運ぶことを2014年の抱負とさせていただきます。
 
さて、日本にもファンの多いフロスト警部シリーズは、古典ミステリーの時代が終わりを告げた後のミステリー小説が見いだした“個性的な探偵あるいは刑事で読ませるという手法にきちんと則った正統派のキャラクター物です。
 
ただフロスト警部の個性は、刑事コロンボを始祖とする見た目は冴えないが実は切れ者というありがち個性キャラクターにひねりを加えて、見た目どおり頭のほうも冴えない本当にだらしない刑事という点です。
 
犯人をこいつと決めつけたら、それを裏づける証拠を捜し始めるという昨今聞き漏れてくる現実と比べても、ちょっとしゃれにならない捜査手法は、大抵空振りに終わります。署にしょっ引いてきた容疑者に尋問する場面が何十ページにも渡るのに、伏線でも何でもなく、本当にただの見込み違いだったということもざらです。また当て込んでいた証拠が科学捜査の結果、証拠にはならなかったので、怒りに任せて脅してみたら自白し始めたなど、常にドタバタです。現場の捜査の段取りくらいはさすがにつけますが、「メンタリスト」のパトリック・ジェーンのように鋭い視点で手がかりを見つけ出すというようなことは皆無です。
 
もちろん、ある程度の正義感と情があり、ほろりとさせる話もありますが、基本的に下品でだらしない男やもめです。
 
本来なら脇で光りそうなタイプですが、これを主人公に持ってきてウケるのが、いかにも英国っぽいですね。アメリカではウケないでしょう。アメリカ人はやる時はやるキャラクターは好きですが、いいところがひとつもないキャラクターは努力不足と断罪されるでしょう。
 
もうひとつフロストシリーズの魅力は、まるで本物の警察の現場のように、本筋の脇で酔っ払いを留置場に放り込んだり、街娼をたまに申し訳程度に追い払ったりといった脱線話が入ってくるところです。そのため、フロストは大抵3〜4つの事件を並行して捜査を進め、あっちに顔を出し、こっちに顔を出しといった感じなので、しょっ引いてきた容疑者の尋問を忘れて放置したり、容疑者が目の前にいるのに、「どこかで聞いた名前だが誰だっけ?」という感じで素通りさせたりとドジのオンパレードです。
 
登場人物も多く、事件がいくつも並行して進むので、本来読みにくい小説のはずなのですが、正直犯人が誰かというのはどうでもいいレベルなので、フロストの巻き起こす珍騒動の疾走感だけで、上下巻それぞれ500ページ程度というボリュームも一気に読めてしまいます。
 
ちなみに犯人も切れ者はいません。大体、アブノーマルな嗜好を持った性犯罪者で、頭脳戦といったレベルのやり取りは全くありません。
 
どこにでもいる少年が…という文句で始まる映画や小説は、大抵どこにでもいない人物(王家の血を引く者とか、数学の天才とか)が主人公になり、非日常的な世界に飛び出していくのですが、フロスト警部シリーズには、そういった要素はひとつもありません。本当にどこにでもいる程度に優秀な刑事、だらしない警部、ケチな犯罪者、暴力的なチンピラが、新聞・テレビで普通に年に数回見るような事件を巡ってバタバタする話です。
 
ただ、なぜかぐいぐい読まされることは請け合いなので、お勧めです。
 
そして翻訳文学のいいところは、本そのものが字幕翻訳者にとって同業の文芸翻訳者さんのひねり出してくれた訳語、慣用句、翻訳表現の見本市のようなものだということです。今、ランダムに開いた1ページだけでも「すごすごと」「神経に障る」「下心」など字幕にぴったりの表現がどんどん出てきます。
 
どうせ本を読むなら字幕の勉強に役立てたいという方は、やはり翻訳小説を読むのが一番ですね。
 
  • 2014.01.15 Wednesday
  • 22:19

翻訳

逆説の『が』

昨日、白鵬が14日目にして稀勢の里を破り、27回目の優勝を飾りました。

 

私、相撲好きです。まあ、十両や幕内の下のほうまで知ってるほどの大ファンではありませんが、場所中は5時くらいから毎日、幕内後半戦を見ています。

今の贔屓の力士は、勢です。まだまだ上位には跳ね返される日々ですが、早く妙義龍や松鳳山に追いついてほしいものです。

 

ところで、昨日の白鵬と稀勢の里の一番は物言いがつきました。白鵬が稀勢の里のまげに触ったかどうかで協議があったのですが、結局軍配どおり白鵬の勝ちになりました。

 

しかし、物言いの時のあの審判部長の説明の枕詞は、何とかならないものですかね?

誰が審判部長を務めていても、「軍配は白鵬に上がりましたが…」から始まり、館内は「おお〜っ?!」とわきます。ところが、「白鵬はまげに触っていなかったので、軍配どおり白鵬の勝ちとします」と説明が続き、館内は「あ〜っ」とボルテージが下がり、ひと呼吸おいて拍手に変わります。

そして、私はテレビの前で「軍配どおりなら、逆接の『が』を使うなよ!」と一人突っ込んでいるわけです。

 

「軍配は白鵬に上がりましたが…」と始まり、館内が「おお〜っ」とどよめくのは、お客さんが「白鵬の負けか?!優勝は千秋楽まで分からないぞ!」と期待してしまうからです。逆接の『が』の後は「軍配は白鵬に上がった」と逆の結果が来るのが、普通の日本語ですからね。ところが、場内がどよめくのに慌てた審判部長が続けざまに「やっぱ白鵬の勝ちね」とちゃっちゃと説明して済ませてしまいます。慌てるくらいなら、「ただ今の協議ですが…」から始めれば余計な勘違いはしなくて済むのに。相撲協会内で誰も気づいてないのは仕方ないにしても、NHK関係者あたりが言ってあげればいいのに…。

 

この逆接の『が』の効用は、字幕でも大いに役立ちます。つまり「天気はよかったが」というハコがあれば、次のハコには悪い結果が入るのを、見てる人は予想しながら字幕を読めるんですね。字幕というのは、いかに早い時間で読んでもらえる日本語を作るかの勝負です。14文字というのは、その指標にすぎないものであって、目的はさっさと字幕を読み終えてもらい、見てる人の目を画面に戻してあげることです。

 

ですから、同じ文字数であっても改行位置や選択した語彙、文の構成で読む速度はまったく違ってきます。そして、読む時間の短縮に大きく貢献するのが、逆接の『が』をはじめとした接続詞です。

 

「今日は天気がよくて…」:順接なので、割と普通の文がきます。
⇒「ピクニックは楽しかった」

「今日は天気がよかったが…」:逆接なので、「よい」の逆の状況がきます。
⇒「お弁当を忘れて散々だった」

「今日は天気がよかったから…」:理由なので、「天気がよい」ことの結果がきます。
⇒「洗濯物がよく乾いた」

 

いずれも前半の文を読んだ時点で、次の字幕を読む心構えができますよね。それは次のハコの字幕を読む時間の短縮につながるわけです。

 

こうした接続詞の使い方は映画やドラマの翻訳では、ほとんどの字幕翻訳者が問題なく使いこなせています。これを使いこなせるかどうかで、出来が大きく変わってくるのは、インタビューやドキュメンタリーのナレーションです。
これらのジャンルは脚本家が練りに練った映画やドラマのセリフと違って、文と文の因果関係を見極めるのが難しくなります。インタビューに応える人は必ずしも理路整然とは話せませんし、ドキュメンタリーのナレーションは理路整然としているものの、情報量が多くて翻訳者がそこにあるロジックを読み切れないということが多くなります。

 

これらのジャンルの字幕翻訳こそ、内容のロジックを意識して、接続詞を効果的に配することで、そのロジックをうまく再構成してあげることが重要になるんです。

 

ちょっと意識してみてくださいね。

  • 2013.09.29 Sunday
  • 14:07

翻訳

力の入れどころ

楽天のマー君が21連勝です。今季170敗です。

 

北海道に戻ってくると地元愛というのを目の当たりにする機会が多くあるのですが、駒大苫小牧出身のマー君は、北海道でも人気のある選手です。甲子園準優勝の時も、道民はハンカチよりマー君だよねと世間のハンカチフィーバーからは距離を置いていたそうです。

苫小牧出身の私にとっても、駒大に通っていた友達は多く、親近感があるのでマー君を応援しています。

 

さて、マー君のピッチングについてよく言われるのは、ランナーを出したら100%の力で投げ込んできて、絶対に本塁に帰さないということです。とりあえず7割くらいの力で放っておけば、マー君ほどの投手なら2割くらいしか打たれないのでしょう。つまり、ピンチらしいピンチは34イニングに1回、1試合で多くて3回です。そこで全力投球すれば8割がた抑えられる。書いてみると簡単な理屈ですが、21連勝と言うのはやはり現代野球では信じられない数字です。

 

ところで、映画の字幕翻訳もペース配分があるという点では同じなんです。字幕翻訳も最初から最後まで全力投球ではありません。あまり時間をかけずに翻訳していけるところと、じっくり練り込んで字幕を書かなければいけないところがあり、これを見極められれば字幕翻訳界のマー君になれるわけです。




 

映画を序盤・中盤・終盤の3つのパートに分けてみると…

 

序盤 1回〜3

野球で言うひと回り目です。

映画の最初の20分くらいは、キャラクターの紹介に費やされる時間帯です。ここのポイントは下記の3点です。

 

1.役名をどんどん出して、見てる人に登場人物の名前を覚えてもらうこと。文字数制限の中で、呼びかけられた名前というのは削除の第一候補に挙げられがちですが、序盤は名前をガンガン出さなければいけません。

 

2.序盤の一見、本筋とはあまり関係のない短いエピソードは、登場人物の性格を見てる人に伝えるためのものです。オフィスで部下にリストラを宣告し、帰宅しても両親から「もう3年も帰ってきてないわね」なんて留守電が残っている。こんなシーンがあったら、それは登場人物の周囲の人との関わり方を示すエピソードです。ただ漠然と英語を順番に翻訳していくのではなく、この人物の孤独感を伝えられる言葉を意識して選ばなければなりません。場面やセリフを正確に伝えるだけでなく、見てる人にこの人は寂しい人なのね、うんうんとうなずいてもらうことを意識しましょう。

 

3.場所と時代が分かるセリフを逃さないこと。はるか未来のSFや中世が舞台の時代劇くらいになれば、映像から時代が違うのが一目瞭然なので、さほど気にしなくてもいいのですが、1900年〜1980年くらい、あるいは2030年くらいの近未来は、セリフに年数が入っていれば、やはり伝えておきたいところです。

場所は外国人にとってはイメージを持ちにくいのであまり重要ではないかもしれませんが、逆に私たちが邦画を見る時、舞台が東京なのか、大阪なのか、北海道なのか、沖縄なのかを分かったうえで見るのは、100%その映画を楽しむには大事なことですよね。

 

中盤 46

先発投手は5回まで投げ切れば、勝利投手の権利を手にできる重要な場面です。

字幕翻訳で全力投球が必要なのは、実はこの中盤です。なぜなら3060分くらいで事件が起きたり、最初の前提がひっくり返されたりしなければ面白くないからです。起承転結のですね。必然的に説明的なセリフが多くなり、字幕翻訳者の腕の見せ所になります。

 

1.動機と利害関係は大切です。なぜこんなことを言うのか?なぜこんな行動を取るのか?それによってどんな利益があるのか?動機を意識しないで、ただ英語が訳されただけの字幕は頭に入ってきません。説明になっていないからです。

 

2.第三者のことを話題にしている時に、それが誰の話か見てる人に伝わるかを意識すること。AとBが話していて、Aのことを愛してる、Bのことを恨んでるとかいうやり取りはそれほど苦労することなく字幕にできます。問題はAとBがCの行動についてあれこれ話し、俺はCがああしたのはこうだからだと思う。Bはどう思う?と言ったような主語の候補が3つ挙がるような会話の翻訳です。客観的な視点をもって、見る人が混乱しないような字幕を意識して作らなければなりません。

 

3.犯人は奴じゃなかったんだ!とはっきり書く。上手な脚本ほどこんなベタなセリフは書かないもので、凝った言い回しでカッコよい決め台詞が書かれているものです。しかし字幕は文字情報のみで、吹き替えのような声優さんの演技もつきませんから、たとえ凝った言い回しでも、ベタに伝えなければなりません。大事なセリフが物語の核心に迫るものであればあるほど、ましてやそれがどんでん返しを伝えるセリフであれば、原語から多少離れても誰の目にも明らかな物言いにしなければなりません。

 

終盤 79

野球においては勝負を決める大事な段階になりますが、字幕翻訳では最も簡単な部分であることが多いです。ここまでをうまく訳していれば、見てる人も多少のことでは物語が理解できないような事態には陥りませんし、字幕翻訳者もここまで来て流れに乗れないことはありません。

大抵の映画は90分を超えたあたりに新事実を持ってきたり、観客の盛り上がりに水を差すような長い説明セリフを持ってきたりもしません。あとは見る人の邪魔にならないよう、流れに乗るだけです。


サスペンスなどでは事件解決パートが来ることもありますが、中盤がうまく訳せていれば、終盤だけうまく訳せないなんてことはまずありません。逆に言えば、中盤がうまく訳せていなければ、終盤の解決パートは完全に破綻します。ここまで来て、セリフの意図が分からない、うまく訳せないと悩んでしまったら、そのまま止まらず、中盤の翻訳に戻りましょう。そこに原因があるはずです。

 

ということで、映画本編を翻訳する際のペース配分のお話でした。

 

マー君、200敗目指して頑張れ〜!

  • 2013.08.17 Saturday
  • 11:22

翻訳

「ライフ・オブ・パイ」見ました!

「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」見ました。

ライフ・オブ・パイ 

ベストセラーが原作の映画ですね。原作の小説と同じくらい面白い映画といえば、私の中では「2001年宇宙の旅」(原作はアーサー・C・クラーク)と「予告された殺人の記録」(ガルシア・マルケス)です。「薔薇の名前」や「ソフィーの選択」は、残念ながら原作に遠く及びません。

 

この「ライフ・オブ・パイ」も原作は読んでませんが、おそらく原作のほうが面白いと思います。いや、映画も面白かったんですよ。前半の船が難破するシーンや海いっぱいのクラゲのシーンなどは美しくて、映画はこうでなきゃという感じですが、如何せん映画の大半が少年と虎の2人きり。ナレーションで話を進めなければいけないので、いかに生き残る術を確立していったかの描写や少年の心理描写は、おそらく小説のほうが優れているんだろうなと思います。

 

最高の映画と最高の小説ならどちらが面白いのでしょうか?

 

答えは出ませんね。ジャンルによるといったところでしょうか。SFやファンタジーなら「スター・ウォーズ」「エイリアン」「ロード・オブ・ザ・リング」などは、最高のSF小説やファンタジー小説と肩を並べる気がします。

でも、いわゆる“物語”は、最高の小説の勝ちでしょうね。ポール・オースターの「ミスター・ヴァーティゴ」、村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」、カズオ・イシグロの「日の名残り」、サマセット・モームの中短編と同じくらい面白い物語映画は、なかなかないのではないでしょうか。
ウディ・アレンなんかの映画は“物語映画”と言えますし、そういう意味ではタランティーノもそうです。でもやっぱり“物語”は、小説の勝ちでしょうね。

 

なぜでしょうね?


それはおそらく参加の度合いだと思います。読書はかなり積極的に参加しないと読めません。映画と違って、いくらでも途中で読むのをやめられますし(まあ、映画もDVDを止めればいいんですが、映画を2〜3回に分けて見ることはあまりないですよね)、登場人物の顔も建物の様子も景色の描写もすべて自分の脳内で構築しなければ楽しめません。映画は視覚にも聴覚にも一方的に情報が入ってきますし、ヘタすると物語の筋も先を見なくても分かっちゃうくらいにパターン化されています。

やはり苦労して味わった物語のほうが読み終わった後に達成感があるのでしょう。キャンプ場で、自分たちで作ったカレーの味は2割増しというのと同じです(野球場で食べるカレーもなぜか2割増しでおいしいですが、これは達成感とは無関係です)。

 

で、「ライフ・オブ・パイ」ですが、これは立派な物語ですね。映画の作りからして、登場人物が若き日の冒険を語るという構成ですから、メッセージとか社会性とかを読み取らなきゃと身構える必要もありません。物語全体がメタファーみたいな作りですが、こういうのは大好きです。私はメタファーの解説みたいな本やコラムが原作以上に大好きで、人によっては何とも興醒めだと言われてしまいそうです。でも、村上春樹の小説のメタファー解説集とか大好きです。デヴィッド・リンチの「マルホランド・ドライブ」の考察などがネット上にあった時は、当時はまだこの手の掲示板的なものが少なかったせいもあってか夢中で読みました。

 

こういうのは実は、映画監督や脚本家のインタビューやコメンタリーの翻訳で役に立ちます。彼らは誰よりもその作品のことを知っているので、その意図や隠れたメッセージを夢中で語ります。しかも特にしゃべりがうまいわけではないので、言ってることの意味が取りにくいんです。しゃべりのプロでない人が、人前で夢中になって自分の好きなことを話していることほど性質の悪いものはないでしょう?だから、普段からオタク的な思考に慣れておく必要があります。深読みする人の言ってることを理解するには、深読みできなければいけません。逆に俳優のインタビューは楽です。俳優って演じるのが仕事なので、実は映画の全体像やメッセージには疎いんですよ。たとえメッセージに触れても教科書通りのことしか言わないので、意味を取るのは楽です。トム・クルーズのインタビューなんか最高です。予想外のことは全く言いません。これぞ映画スターです。逆に映画監督や脚本家よりもさらに性質が悪いのはミュージシャンです。彼らは言葉で何かを伝えようって気はまったくありません(全員じゃないですよ)。翻訳自体が楽なランキングは、トム・クルーズ⇒一般の俳優⇒プロデューサー⇒監督・脚本家=CG技術者⇒ミュージシャンの順です。

 

ということで、たまにコメンタリーなどがDVDにあったら、見てあげてください。ほとんどの人が最後まで見ることのないこの特典映像は、字幕翻訳者の汗と努力の結晶なのです。

  • 2013.06.14 Friday
  • 14:06