日本人にとっての法律・憲法

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    日本人というか中国文化圏の東アジア人って、どうしても法律とか憲法というものがDNAレベルでは理解できないようですね。今日もそんなため息交じりの感想を持ってしまうような、政治家の発言がありました。

     

    神との契約(約束)を柱にしたキリスト教徒がその契約を俗世向けに焼き直した法律と、それを輸入し、もとからあるそれらしきものと折り合いをつけながらできあがった東アジア人の法律では、やはり決定的な違いがあります。

    それは、キリスト教徒が人間の上位に神(法律)を置くのに抵抗がない(むしろそれが自然である)のに対して、東アジアの仏教、儒教、自然信仰などはいずれも基本的に人間の上位に位置する存在を定義していません。ですから、キリスト教徒にとっては、法律は人間の上位に位置しますが、東アジアでは人間が法律の上位に位置します。これが決定的な違いです。

     

    以前、「ソプラノズ」というマフィアにも日常生活があるという視点で描かれ、大ヒットしたドラマにこんなエピソードがありました。

     

    警察が主人公のマフィアのボスの家の電話に盗聴器を仕掛けることになったのですが、捜査の根拠が弱いということで、裁判所から盗聴は1日1時間に限定という命令を受けます。

    マフィアのボスの家の向かいに作戦本部を設けた警察は、室内に1時間をカウントダウンしていく大きな電光掲示板を設置します(このへんはドラマですから視覚的に分かりやすくということですが)。ある日の盗聴で、捜査の核心に迫る会話が始まり、小躍りする捜査陣。しかし、盗聴の残り時間も1分ほどしかありません。「早く話せ〜!」と絶叫する捜査陣をよそに、あと10秒もあれば証拠となる会話を録音できるというところで、電光掲示板が時間切れを知らせ、捜査陣は「チクショー!」と叫びながら、盗聴をやめてしまいます。

     

    どうです?おかしいと思いません?

    そうです、東アジア的感覚でいえば、この捜査陣の行動は理解できません。犯罪者を捕まえる確実な証拠が目の前にあるのに、何でたかだか10秒くらいを気にしちゃうのと。犯罪者を捕まえることより優先されることなんてあるの?という感覚です。

    しかし、キリスト教徒にとっては、裁判所からの命令(つまり神の命令)は、犯罪者を捕まえるという俗世の人間活動より上位にあるわけです。

     

    次は日本の有名な裁きのお話です。多くの方がご存じだと思いますが、「大岡裁き」という話です。

     

    ある身寄りのない少年の母親だと主張する女性が2人現れ、話し合いでも決着がつかないため、大岡越前守に裁定が任されます。そこで大岡越前は、「少年の腕を片方ずつ両側から引っ張り合い、自分のほうに引き寄せたほうを母親と認めよう」と言って、2人の女性に少年の腕を引っ張らせます。

     

    本物の母親のほうは、引っ張られて「痛い!」と泣き叫ぶわが子の姿を見て、思わず手を離してしまいます。偽者の母親が少年を連れ帰ろうとすると(少年を引き取ればカネになるという動機があったかと思います)、大岡越前が「ちょっと待て」と制止します。「泣き叫ぶ少年の腕を思わず離したのは、本物の母親の愛情がなせる業、ゆえに本物の母親は手を離したほうである」と裁定を覆します。

     

    どうです?いい話でしょう?名裁定でしょう?

    これが東アジア人の法律に対する感覚なんです。つまり、情愛や情緒といった人間活動が法律より上位にあるんですね。

     

    この話をキリスト教徒にすると、全く異なる反応が返ってくるでしょう。

    「なぜ裁判官は自分が定めたルールを、こんな主観的な感覚で簡単に覆せるんだ?」

    「引き寄せたほうが本物というルールなら、たとえわが子が腕が痛いと叫んでも、自分の元で大切に育てたいという思いで、引っ張り続けるのが本物の母親だ」

    「こんなの控訴すれば、余裕で勝てるよね?」

    「何で日本人は、この話を美談だと思うわけ?」

    と、まあざっとこんな感じでしょう。

     

    よく日本は治安がいいというふうに言われますし、実際そのとおりだと思います。東日本大震災の時も、あれだけの危機的状況にありながら、整然と列を守って物資を受け取る人々の姿に海外から称賛の声が上がりました。

    しかし、あれは日本人が法律を尊重する民族だからではありません。あれは日本人が秩序を尊重する民族だからです。もっと言えば、自分の知ってる人、目の前にいる人に迷惑をかけてはいけないという発想がDNAレベルでしみついているからです。

    日本では、自転車泥棒や傘泥棒があとを絶ちませんが、誤解を恐れず言えば、これらの行為は社会の秩序を乱すようなものとは言えません。自転車・傘の持ち主は自分の知らない人ですから、窃盗という犯罪行為への一線も比較的簡単に超えてしまうのです。

    列に横入りすることは、道義的には問題がありますが、犯罪行為には当たらないと思います。しかし、窃盗は立派な犯罪です。それでも、日本人は列に横入りするような秩序を乱す行為は絶対にしなくても、知らない人の傘を盗むという法律を破る行為は、平気でやってしまうというわけです。

     

    何だか自虐的な話になってしまいましたが、そんな気分になってしまうニュースがなくなることを願います。


    念願かなって

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      先週の日曜日、運動会の翌日に車で40分ほどの北広島のガラス工房「ニーウン・ぺツ」さんに遊びに行ってきました。

      http://www.ni-un-pet-glassart.jp/
       

      店内英心
       

      かつては小学校の校舎だった建物を改装して造られた工房だそうです。


      外観
       

      子供たち2人がガラス吹きのコップ作りを体験。

      一生懸命、息を吹き込み、ガラスを膨らまし、高熱で柔らかくなったガラスの形を整えるという体験をしてきました。


      コップ作り 

       

      こちらが仕上がったコップです。横から見るといびつなのが、いかにも手作りです。

      これで毎朝、牛乳を飲んでいます。

      コップコップいびつ

       

       

      私もお土産にガラスの器と、その中に親指サイズのさまざまな模様のガラスを数十個入れて、インテリアとして購入しました。

       

      これが私の夢への道半ば。

      ガラス

       

       

      そしてこれが私の夢の完成形。

      M&ms

       

      ガラスの上にM&msを乗っけて、出来上がりです。 

      「アリーmyラブ」のアリーのデスクにあるM&msでいっぱいになったガラスの鉢をデスクに置くのが私の夢でした。
      大体30枚くらい字幕を書いたら、ご褒美に1粒のペースで頑張っています。


      肩書

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        皆さんは、どんな肩書をお持ちですか?

         

        私は、「字幕翻訳者」「さっぽろ字幕翻訳スクール代表」「夫」「父親」くらいでした。

        30歳を過ぎたころには、「社長」という肩書が自分にもつく可能性が0.1%くらいあるのではないかと思っていましたが、その可能性は下がっていく一方です。

        逆に30歳をすぎて長男が生まれた時に、自分には一生つかないだろうなと思った肩書があります。しかし、この春から、その肩書が私についたのです。

         

        それは、「PTA会長」です。

         

        その可能性を薄々感じながら、という話では全くありません。3月にそんな話が来て、あれよあれよという間にPTA会長になってしまいました。人生分からないものです。

         

        フリーランスの字幕翻訳者は、基本的に人に直接会う機会が少ないものです。特に私の場合は札幌にいるので、クライアント様や同業者に会うのは、年に数回東京に行った時だけです。札幌は地元ではないので、友人も少ないですし、週に1回スクールの授業で生徒さんに会うのが唯一の外界とのつながりなんてことにもなりかねません。


        そこで、昨年長男が小学校に入ったのを機に、PTA活動に参加することで外に出ようと思ったわけです。本の読み聞かせ、夏休みのラジオ体操、運動会の手伝い、学級代表、PTA企画のバザー、図書館ボランティア、スキー学習の補助等々。気づいてみたら、長男のクラスで最も顔を知られた保護者になっており、学校に行くたびに子供たちに声をかけてもらえるようになりました。

        そんなわけで、今年も張り切ってPTA活動をやろうと思っていたのですが、まさか会長に就任することになるとは。自由業の男親がしょっちゅう学校に顔を出してると、学校側もしめしめと思うんでしょうね。校長先生と教頭先生に三顧の礼で迎えられた次第です。

         

        さて肩書といえば、字幕翻訳においても軍人と警察官の肩書については、徹底的に調べ、正確を期すことが期待されています。基本的には辞書にある訳語で問題はないと思いますが、日本語の資料となるとネット上では、最も正確で豊富な資料は皮肉なことにwikipediaになります。

        http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E8%BB%8D%E3%81%AE%E9%9A%8E%E7%B4%9A

         

        下のサイトは出典もしっかりしてて、日本の自衛隊や警察組織の肩書が網羅されています。

        http://www.kigyojuku.co.jp/frame/link-rank.1.shtml

        もっともこれを欧米の軍や警察組織に照合するのは容易なことではないのですが…

         

        また特典映像における映画の製作サイドの人たちの肩書の訳語も苦労しますね。

         

        Director=監督

        Screenplay/Writer=脚本

        Director of Photography(DP)=撮影監督

        Music/Composer=音楽

        Production Design=プロダクションデザイン/美術

        Costume=衣装

        Editor=編集

        Producer=製作

        Executive Producer=製作総指揮

         

        この辺りは決まりですかね。最近よく見るのは、

         

        Second Unit=セカンドユニット

        Line Producer=ラインプロデューサー

        Stunt Coordinator=スタントコーディネーター

        セカンドユニットは、“第二撮影班”と訳してもよさそうなものですが、ここ20年くらいで入ってきた英語は、そのままカタカナ読みという傾向が顕著になりました。

         

        Special Effects=特殊効果

        Visual Effects=視覚効果

        CG/CGI=CG

        この辺は、CG系の特典映像で使われる訳語ですね。

        肩書となると、

         

        Animator=アニメーター

        Supervisor=〜監修

        Lead Designer=リードデザイナー

        Graphic Designer=グラフィックデザイナー

        など、基本的にカタカナ英語です。

         

        昔なら、パンフレットを買っておくと、これらの肩書の訳語の蓄積に役立つと言えましたが、今は公式サイトですね。公式サイトは当然クライアント様が作ってるわけですから、ここの肩書に合わせておけば、間違いありません。

         

        20分以上の長めの特典映像で、肩書を入れるべきBトラックが10個以上あったりしたら、私はBトラックだけまとめて字幕を入れています。そうすれば、一気に公式サイトなどを参照して埋めていけますし、基本的に同じ作業の繰り返しなので効率がよくなります。また時間のかかる作業ではあるものの、本編部分の翻訳と違って、ひらめきや集中力を要するものではないので、少し疲れ気味の時間帯や、あと30分後に外出しなければなんていうタイミングでこの肩書入れをやることが多いです(本編部分を翻訳していて、30分後に絶好調状態が来るともったいないですから)。

         

        とにかく肩書は蓄積がものを言いますね。いい参考サイトが見つかったら、どんどんお気に入りに入れて、訳語をストックしていくのがいいと思います。


        映像翻訳フォーラム 行ってきました!

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          去る3月22日(日)に、私が以前勤めていたワイズ・インフィニティ様主催の第10回映像翻訳フォーラムに参加してきました。
           
          以前は司会や分科会の講師など、フォーラムを作る側でしたが、参加する側としては昨年に続き2度目の参戦です。今回は節目の第10回ということもあり、2階席まで埋まる大盛況ぶりでした。

          フォーラム
           
          当日の午前中の便で向かったため(前日の夜までよりによって飛行機墜落事故のドキュメンタリーのチェックをしてました…)、特別講演のキネマ旬報社の清水勝之氏のお話がほとんど聞けず、もったいないことをしてしまいました。翻訳の話というよりは、映画離れやそこから映画料金の値下げに踏み切れない悪循環のジレンマなど、映画業界への深い愛と洞察にあふれるお話だったようです。
           
          次のパネルディスカッション(1)は、ダブルワーク、地方在住、子育てと字幕翻訳者を取り巻く典型的な環境の中で翻訳をされている方たちのお仕事ぶりが聞けるもので、これから字幕翻訳を勉強する方、今勉強している方には、身近な疑問・不安に答える充実した内容でした。私がワイズ・インフィニティで講師をしていた時の生徒さんや、コーディネーターとして翻訳をお願いしていた翻訳者さんばかりで、そういう意味でも今、勉強している方の数歩先を行く人たちですから、すごく刺激を受けられる話ばかりだったと思います。
           
          この辺の事情は、さっぽろ字幕翻訳スクールの講座の中でも実際にお仕事をするには、どういった環境が必要で、どういう人たちが仕事をしているのかといったお話をしていこうと思います。

          フォーラムパンフ
           
          さて次のパネルディスカッション(2)は、今、勉強している方の数十歩先も行く大ベテラン翻訳者の夢の共演でした。いずれもキャリア30年の大ベテランで、字幕をつけてきた映画の数もいちいち覚えていられないというレベルの方ばかりです。まだ字幕翻訳の学校もなかった時代に現場で鍛えられて、いつの間にか字幕翻訳者になっていたという方たちばかりなので、とにかく個性的です。“今、勉強している方の数十歩先を行く”と書きましたが、実際は歩んできた道が全く違う方たちなので、同じ道を歩む翻訳者はもう出てこないと思われます。
           
          どんな業界でもそうだと思いますが、その業界の黎明期に活躍するパイオニアというのは型破りな方たちばかりです。岡田壮平先生なんかは、声優で言えば、野沢那智やささきいさおや広川太一郎という感じです。パネルディスカッション(1)に出ていた方たちは、竹達彩奈や沢城みゆきや花澤香菜という感じです。
           
          今後の声優業界に広川太一郎が生まれないのと同様に、字幕翻訳者も林完治先生辺りの世代を最後に、独特の空気をまとった作家性のある翻訳者というのは出てこないでしょうし、どちらが優れてるとも言えない話ですから、今の時代の翻訳者はそのままでいいんだと思います。ですから、今、勉強している方には、学校で体系的に字幕翻訳が学べるという恵まれた環境を生かして、夢に向かって突っ走っていただきたいと思います。
           
          映像翻訳フォーラムの後の交流パーティーから、3月23日〜24日にかけてのクライアント様へのあいさつ回りまで、最新の業界事情を仕入れ、これからの1年間の種まきをしてきたつもりです。その辺の情報や空気感は、4月から始まるさっぽろ字幕翻訳スクールのプロ入門コースでしっかり伝えていこうと思います。

          説明セリフ

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            「映画やドラマを上手に翻訳するには、どうすればいいでしょうか?」
             
            生徒さんからいつもいただく質問です。
            「日本語表現を磨く」「英語力をブラッシュアップする」「ハコ切りを工夫する」「調べ物をしっかりする」
            どれもいい字幕を作るのに必要なことです。すべて正解です。
             
            ただ今回は違った視点から映画やドラマの字幕をうまく書くコツ(と私が考えるもの)について書きたいと思います。
             
            ノンフィクションの映像と違って、映画やドラマのセリフは大きく3つに分けられます。
             
            1つめは、登場人物の感情を表現する感情セリフ、2つめは、物語の筋を伝える説明セリフ、3つめは、1にも2にも当てはまらないその他大勢のセリフです。
             
            1の登場人物の感情を表現する感情セリフは、意外と苦戦しません。映画やドラマの登場人物の持つ感情というのは、何かしら自分でも感じたことのあるものですし、たとえ自分では感じたことのないものであっても、映画や小説やマンガなどどこかで目にしたことがあり、想像はできるというものばかりです。人類にとって未知の感情が描かれているものなど、まずあり得ません。そういう意味では、そういったなじみのある感情を表現するための言葉というのは、自分の中から絞り出すことができますし、映画や小説やマンガから表現を拝借してくることもできます。
             
            3つめのその他大勢のセリフというのは、単なるYes/Noの返答や、「今日の朝食は?」「サラダとヨーグルトよ」といった当たり障りのない会話のことです。これも問題ありません。
             
            最も意識して字幕を作らなければならないのが、2つめに挙げた“説明セリフ”です。
             
            「必殺仕事人」を見てると(いや、見てないという人も多いかもしれませんが)、1つめのコマーシャル明けにいきなりどアップの中村主水が「何?!お七が越後屋にさらわれただと?!」ジャ〜ンっていうセリフが来ることがありますよね。これこそが説明セリフの真骨頂であり、最たる例です。

            このセリフを聞けば、視聴者は今回のお話のセットアップをすべて理解し、残り40分で起きることもすべて予測できるのです。
            「今回のヒロインは、お七という女の子で、悪役は越後屋なのね。いろいろハードルはあるだろうけど、40分くらいに三田村邦彦とか京本政樹が出てきて、越後屋に乗り込んでお七を助け出したら、最後は菅井きんと主水さんのコントでおしまいね」とすべて分かるわけです。
            (「あぶない刑事」の舘ひろしがサングラスを外しながら、「何?!銀星会が取引に乗り出しただと?!」というパターンもあります)



            中村主水舘ひろし
             

            このように次に起きることの原因・理由・動機を説明したものが説明セリフです。
            この説明セリフの翻訳がうまくいかない原因はいくつかあります。
             
            まず説明セリフが見抜けないというのが第一の原因です。「必殺仕事人」の例は、視聴者も引いてしまうくらいのあからさまな説明セリフですが、普通 脚本家は説明セリフをいかに自然な会話の中に混ぜ込むかが腕の見せ所となってきます。ですから、普通の会話に見せかけた説明セリフを見抜き、説明セリフとして訳すことが大切です。
             
            次に説明セリフで説明されることは映像化されてないことが多いという点です。「必殺仕事人」の例で言えば、越後屋の手下がお七を誘拐するシーンは映像としては描かれません。描く余裕があるなら、セリフは必要ないからです。特にドラマは日程や尺の問題で、映像としては表現せず、セリフで済ませるということが多くなります。そうすると説明セリフの中身というのは、字幕の文章だけで何が起きているのかを伝えなければなりません。俳優の演技からどんな感情なのか読み取れる感情セリフよりも、視聴者に伝えるのが難しいわけです。
             
            そして説明セリフは原語で言ってない言葉を補わなければいけないという特徴があります。動作主は誰なのか、動作を受けるのは誰なのか、その他文章にするなら補ったほうがいい単語はないか、といった観点から字幕を作らなければいけません。
             
            言葉を補わなければ伝わらないというなら、原語を聞いてるだけのネイティブはこのドラマを理解できないのではないか?もし理解できるなら、それを過不足なしに翻訳すれば通じるのではないか?という疑問が頭に浮かぶのは分かります。
             
            しかし、実際私たちは「必殺仕事人」を見ていて、話の筋が分からないという印象を受けることはありませんし、英語の映画・ドラマならネイティブが、話が理解できないという印象を受けるものはあまりないはずです。
             
            それは、耳から入ってきた情報の処理の仕方と、目を通して文字で読み取った情報の処理の仕方が異なるからです。
             
            誤解をおそれず、おおざっぱに言えば、耳から入ってくる情報は雑な処理でも何となく理解できた気になれます。勢いのある情報処理なんですね。だから「はい、分かりました!」と意気揚々と、頼んだ仕事に取り組んでくれた人が、ひどい勘違いをしてしまうということがあるわけなんですね。話を聞いてないわけじゃないんです。脳は耳から入ってきた情報は本当の意味では理解してなくても、理解した気になれるんです。
             
            ところが文字を通した情報は、丁寧に立ち止まりながら処理され、情報はしっかり吟味されます。理解したふりはできないわけです。だから文章で何か頼み事をした時には、「よく分かりません」という素直な反応が来ることがあるのです。
            「分からない」という反応にイライラしてはいけません。文字情報を処理する側の能力が足りないのか、単に指示を出す側の文章がヘタなのか可能性は五分五分なのですから。
             
            話が少し横道にそれましたが、そういうわけで説明セリフの字幕は、原語で言ってないことも補って、正しく処理できるだけの情報を与えなくてはならないんですね。
             
            意訳の是非ということはよく言われますが、私はこと説明セリフに関しては、意訳のさじ加減のうまさが字幕の良し悪しを決定する要素だと思います。逆に感情セリフは、できるだけ原語からはみ出さず、(主観が入るような)意訳は避けたほうがいいと思います。
             
            皆さんもドラマやマンガの説明セリフを発見する癖をつけてみてください。

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